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東京都内の神社ナビ 麻布(あざぶ)編

更新日:2016/5/17

 

東京の「麻布」のパワースポット

今回は、東京の「麻布」にある神社をご紹介いたします。

麻布といえば、皆さんはどのようなイメージをいだきますか?

麻布は、東京都港区の一部で、商業地、高級住宅街として有名です。
大使館が多く、インターナショナルな雰囲気もあるほか、芸能関係者や著名人が拠点としていることから、いわゆる「大人の隠れ家」が点在することでも知られています。

この街は、大正から戦前にかけて、銀座や赤坂と並ぶ繁華街として栄えました。
しかし、交通の便を主に都電に頼っていたこともあり、地下鉄が主流になって都電が次々廃止されると、麻布は足を運びにくい「陸の孤島」となり、歓楽街の中心は地下鉄駅のできた隣の六本木(ろっぽんぎ)に移ったため、商業的にはやや停滞します。
今世紀に入ってからは、相次いで地下鉄が開通し、またすぐ近くに六本木ヒルズが竣工されたこともあり、麻布は再び繁華街としても活気を取り戻しています。

この地には、江戸時代から大名屋敷や武家屋敷が数多くあり、その広い敷地はしばしば、大使館や高級住宅地、政府や企業関連の施設などにそのまま活用されました。
そのため、開発を受けていない古い地所や木々がそのまま残っていることも多く、都心にしては土地の持つエネルギーが守られているエリアだと言うことができるでしょう。

その一方で、そういった屋敷の庭園などに祀(まつ)られていた神社や祠(ほこら)は、遷座(せんざ)や合祀(ごうし)などで移動してしまうか、生き残ったとしても、開発や区画整理などの余波を受け、大幅な縮小を余儀なくされてしまっています。

上記の理由から、麻布の神社は、土地の強いエネルギーを有していながら、敷地がかなり狭いという特徴があります。
麻布の神社を訪れる際は、単に境内を参拝して終わり、ではなく、その周辺の土地の木々や空気、磁場や気の流れのようなものも意識しながら、少し散策してみると良いでしょう。
往時の神域がどの辺りまで及んでいたのか、どんなパワーがあったのか、おぼろげながら分かってくるはずです。
坂に囲まれたエリアも多く、地形によって場の雰囲気やエネルギーが変わることも感じてみてください。

では、麻布にある神社を、紹介していきます。

1、「麻布氷川神社(あざぶひかわじんじゃ)」・・・風の手届く坂上の社(やしろ)

麻布氷川神社の本殿

東京都神社庁公式サイト 麻布氷川神社

ご祭神(さいじん) 素盞嗚尊(すさのおのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)

末社(まっしゃ) 高尾稲荷神社(たかおいなりじんじゃ)、應恭稲荷神社

東京都神社庁によれば、創建(そうけん)は938年で、源経基(みなもとのつねもと)により麻布一本松付近に勧請(かんじょう)されたそうです(15世紀に太田道灌(おおたどうかん)が勧請したという別説あり)。現在地に遷座したのは1659年。
麻布の総鎮守(そうちんじゅ)として崇敬(すうけい)され、また江戸氷川七社の一つとして知られていました。
10世紀の古社が現存する社と直接関係しているかは分かりませんが、それでも大変古い、由緒ある神社です。

境内(けいだい)はこじんまりとしており、きちんと掃き清められている印象です。
坂上にあり、空を広く見上げることができるからか、都市部特有の圧迫感がありません。
周辺の高層ビルが目につきますが、それでも空気の流れが上へ抜けていく感じがあり、深呼吸をしてみたくなります。

戦災を免れた、神楽殿(かぐらでん)、神輿庫(みこしこ)、手水舎(ちょうずや)は雰囲気があります。庚申(こうしん)信仰関連の石造物、稲荷社の本体も、時代を感じさせるものでした。
赤がまぶしい拝殿は、戦後建てられたもの。新たに組み立てられた社の象徴は、きちんと手入れされた木々、整備された敷地とともに、歴史的かつ文化的な重みや畏(おそ)れを、やや軽減させてしまっているかもしれません。
しかし、一方でそのことが、陰にこもりがちなこの区域に、新鮮な風を送っているとも言えるでしょう。

氷川神社は、その名のとおり川信仰と結びついており、近くに川や池がある湿った土地にあることが多いです。
麻布氷川神社もかつてはそうだったようですが、現在は坂下の湿原や川は開発整備されているので、水っぽい要素はほとんどなくなっています。
今はむしろ、風の要素が支配的で、すっきりとした空気が立ち昇っていくような印象を受けます。
この辺りは高台になっていて、かつては海まで見渡せたに違いありません。海風が心地良かったことでしょう。

青い風が、海から川、湿原を越えてやってきて、緑色濃き丘を駆け上がり、この社にその手を伸ばす・・・

時にそれは、荒々しいスサノオの手であり、力強く握られた十束剣(とつかのつるぎ)として、人々に嵐をもたらしたかもしれません。

あるいはそれは、和歌を詠むスサノオの声であり、響きわたるいにしえの言霊(ことだま)として、人々に神託をもたらしたかもしれません。

海は埋め立てられ、高層ビルが立ち並ぶ現在。
それでも、目を閉じて、感覚を研ぎ澄ますと、スサノオの手がここまで届いてくるのを感じることができます。

麻布氷川神社の、背筋が伸びるような青い空気と、上昇してくる清浄な風に、身を委ねてみてはいかがでしょうか。

状況をリセットしたい時、頭をすっきりさせたい時、停滞感や閉塞感に悩んでいる方、気持ちを整理したい方などに、おすすめです。
時間帯は朝、できれば午前中に訪れてください。
季節は問いませんが、東か南から風の吹く日が良いでしょう。東南の風がベストです。

2、「元神明宮(もとしんめいぐう)」・・・太陽眠る水の洞(ほら)

元神明宮入口

元神明宮公式サイト

ご祭神(さいじん) 天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)

相殿(あいどの) 稲倉魂命(いなくらたまのみこと)、水天宮(すいてんぐう)

末社(まっしゃ)  稲荷神社(いなりじんじゃ)、七福神(しちふくじん)

公式サイトによると、平安時代の1005年に、一條(いちじょう)天皇の勅命により創建されたそうです。
かの有名な渡辺綱(わたなべのつな)の産土神(うぶすながみ)であり、多くの武人の崇敬を受けたと言います。
江戸に入府した徳川家の命により、この神社の神宝(じんぽう)が飯倉神明宮(いいくらしんめいぐう)、現在の芝大神宮(しばだいじんぐう)に移されましたが、その際もご神体だけは渡さなかったと伝えられています。
芝大神宮も創建が1005年と伝えられますが、もしかしたらその名のとおり「元」神明宮が古く、芝大神宮の方が新しいのかも知れません。

相殿の水天宮は、明治元年、隣接していた久留米藩(くるめはん)の有馬(ありま)邸にあった水天宮が、屋敷の移転に伴い遷座することになった際、その分霊を勧請し祀ったものだそうです。
なお、有馬邸内の水天宮はその後も移転し、今は人形町(にんぎょうちょう)の水天宮となっています。

境内に入ると、石段が待ち受けています。さらにその奥の螺旋階段を昇らないと本殿にたどり着くことができません。
麻布から三田にかけての地形は、勾配の急な坂が多いのですが、この神社も敷地が狭いため高低差が激しく感じられ、まるで丘の斜面に建てられているかのようです。

鳥居をくぐると、急に陽が陰り、空気は重くなり、まるで時間が止まったかのようです。

右手の石段を昇ります。
何本かの銀杏(いちょう)の老木が立ち並び、あたかも巨人の番兵のごとく、油断なくこちらを見下ろしています。
その太い幹には、緑の大蛇か蛟龍(こうりゅう)を思わせる蔦(つた)が絡みついています。

一方、草いきれや土のにおいのする、薄暗く陰の気が強い左脇の道には、さまざまな稲荷社や七福神などが並んでいます。
この湿り気を帯びた脇道を歩いている時は特に、暗く、深い穴をよじ登っているような、母胎回帰にも似た、そんな感覚に襲われます。

奥の本殿の辺りは少しだけ明るさが増すとはいえ、太陽の女神アマテラスを祀るにはあまりに陰の気が過ぎる場所です。
もしかすると、天岩戸(あまのいわと)さながらの、アマテラスがこもる洞窟のようなものなのかも知れません。
西空に沈んだ太陽が、その輝かしい眼を閉じて、巨樹に囲まれ陽の届かない水の洞(ほら)に、身を横たえて明日を待っている、そんなイメージです。

平成に入ってから、老朽化した旧社殿を改装し、近代的で綺麗な社殿に生まれ変わったとのこと。その本殿の背後には、整備された大通りに屹然(きつぜん)とタワーマンションが立ち並んでいます。
日当たりの良い高層マンション。そのすぐ裏、暗く湿った聖域に、ひっそりと命脈を保っている神々の祠(ほこら)。そして中間に位置するのは、古き信仰と伝統を受け継ぐ、コンパクトで近代的な社殿。
そんなコントラストを感じてみるのも面白いかも知れません。

元神明宮の、深いまどろみと静けさを、じっくりと肌にしみこませてみてはいかがでしょうか。

ストレスに負けそうになった時、強がることに限界を感じた時、無理して明るく振る舞ってしまう方、ポジティブ思考に疲れた方などに、おすすめです。
雨の時は水の要素が過剰になってしまいそうなので、曇りか晴れの日を狙いたいものです。
朝と夕方で印象がまるで違います。個人的には、日も落ちた黄昏時(たそがれどき)の少し妖しい雰囲気が好きですね。

3、「十番稲荷神社(じゅうばんいなりじんじゃ)」・・・街を見守る宝船

十番稲荷神社鳥居

麻布十番稲荷公式サイト

ご祭神(さいじん) 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、宗像三女神(むなかたさんじょしん)

公式サイトによると、十番稲荷神社は、戦災で焼失した末広神社(すえひろじんじゃ)と竹長稲荷神社(たけちょういなりじんじゃ)を、1950年の復興土地区画整理の時に合併してできた神社です。

末広神社は、慶長年間(1596~1615年)に創建された、宗像三女神(海や水と関係する女神たち)などを祀る神社で、梢が末広がりに繁茂する柳で有名だったため、その名になったと言われています。
三女神とゆかりのある弁才天(べんざいてん)を祀った弁天堂(べんてんどう)もあったようで、水と緑が豊かなところだったと推測できます。
近くには、火事から屋敷を救った巨大カエル、大がまの伝説で知られる広大な「がま池」(現在はかなり小さくなってしまっています)があり、この神社で取り扱っていた火防(ひぶせ)のお守りが大人気だったそうです。
現在も十番稲荷でお守りは売られており、階段の右脇に、その伝説を受け継ぐかえるの石像があります。

竹長稲荷神社の創建は、822年(712年とも)。
有名な慈覚大師(じかくだいし)が稲荷大神を勧請したと伝えられています。そこまで古いかどうか定かではありませんが、少なくとも10世紀初頭には鎮座していた古社と考えられています。
当時の地名、竹千代ヶ丘を由来として竹千代稲荷(たけちよいなり)の名を冠していましたが、将軍の幼名である竹千代の字を避けて、竹長稲荷と改めたそうです。

麻布十番稲荷神社は、麻布十番駅の7番出口付近、大通り沿いにあります。
敷地面積は有人の神社では最小の部類に入るでしょうか。鳥居をくぐって階段を上がると、すぐそこに拝殿。右手に小さな手水舎、左手に社務所。実に無駄のないスペースの活かし方、都心の駅近神社だけのことはあります。

通りの向かい側にあるのは、麻布十番商店街。階段上から、お稲荷様が商店街を見ている、そんな構図です。
麻布十番の中心で、戦後の街の移り変わりをじっと見守ってきた十番稲荷。街の代名詞のひとつといっても過言ではありません。

なお、この神社は港区七福神めぐり全八社のうちの一社です(麻布氷川神社もこれに含まれ、毘沙門天を祀ってあります)。
七福神なのに八社あるのは、十番稲荷がほかの七社、七福神を乗せた八番目の宝船だからです(先述のかえるの像の反対側、階段の左脇には、宝船の石像があります)。
老舗とお洒落な新店が混在し、様々な国籍の人が行き来する商店街に面する、商売繁盛の稲荷神社。
まさに七福神を乗せた宝船のイメージにぴったりです。

十番稲荷神社の、活気と人情にあふれる雰囲気に触れてみてはいかがでしょうか。

元気が足りない時、運気が滞っていると感じる時、個人での活動の成功や起業を目指している方、近くで店や会社をやっている、あるいはこれから始めたい方などに、おすすめです。
地元のお店や会社の方、業界人、芸能関係者に愛され、多くの人が訪れています。立ち寄りやすい場所にあるため、人のエネルギーが強くなりがちなので、早朝の参拝が良いでしょう。

以上、東京の麻布にある神社をご紹介いたしました。

麻布や六本木にお立ち寄りの際は、ショッピングやグルメを堪能する前に、これらの神社とその周辺を、是非訪れていただきたいものです。

【参考】
麻布グルメの紹介を少し。
麻布には蕎麦屋がたくさんあります。
永坂更科本店、永坂更科布屋太兵衛、更科堀井、川上庵、松玄など。それぞれ良さがあるので、お好みを見つけてみては。
スイーツは、和洋新旧にかかわらず魅力的なお店があります。
和菓子ならたい焼きの浪花家総本店、今川焼きの月島家、しろいくろ、麻布野菜菓子など。洋菓子ならパティスリーのル・ポミエ、アメリカンスイーツのハドソンマーケットベーカーズ、ジェラートのマルゲラなどがおすすめです。