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長崎・平和祈念①(2019年5月)

更新日:2019/7/26

みなさん、初めまして。
円城寺桜子と申します。
パワースポットナビには初登場となりますが、二児の母ならではの目線も取り入れつつ、情報をお届けしていきたいと思いますので、よろしくお願い致します!

祈りのナガサキ

さて、今回私が訪れたのは、長崎。
みなさんも、社会科で学習したのではないかと思いますが、日本で原爆が投下された二つの都市のうちの、ひとつです。もうひとつは広島。
怒りのヒロシマ、祈りのナガサキ、と言われますが、長崎では原爆が投下された8月9日を、県内のほとんどの学校が登校日とし、平和集会が行われます。毎年平和祈念公園では式典が行われ、テレビ中継がなされ、原爆が落ちた11時2分には、各地域でサイレンが鳴らされ、黙とうをします。
しかし、そのほかの県では、その日のその時間、普通に過ごしていますよね。
うちの子供たちも、原子爆弾という恐ろしい爆弾が落とされた、という事実くらいは知っているものの、ただそれだけです。
そこで、なんの先入観も無い子供の時に、一度は見ておいたほうが良いのではないかという思いから、今回長崎を訪れて、平和学習をしてみることにしたのです。

平和祈念コースの拠点となるのは、やはり、原爆落下中心地のある、平和公園でしょうか。

その公園の端にあるのが、平和祈念像。

ナガサキの平和の象徴といえば、この像であるように思います。
ヒロシマは、焼け残った跡も痛々しい原爆ドームが今も象徴としてそこにありますが、ナガサキは、原爆落下中心地自体、ここ?と思うくらい、シンプルです。
まずは、祈念像にご挨拶して、平和学習プランのスタートです。

 

カトリック浦上教会

ナガサキが『祈り』と称される一因でしょうか、ここ長崎には、キリスト教の日本伝来よりカトリック信者が多く、江戸時代においては隠れキリシタンの弾圧も激しかったため、お寺のような外見の教会も数多く残っていますが、弾圧を耐え抜いた数多くの信者の方がいらっしゃいます。
当然、歴史のある教会もたくさんあります。
その一つ、浦上教会の聖堂は、浦上天主堂の名で広く知られて、地元の人々にも親しまれています。
平和祈念像の右手奥にある、『天主堂の見える丘』からは、向かい側の丘の上に建つ浦上教会が見えます。

そこから階段を降りて、歩いて教会へと向かいましょう。

この坂を上ると、日本最大規模のカトリック教会である、浦上天主堂が見えてきます。

爆心地からわずか500m。
当然ながら、被爆当時は建物も吹き飛び、無残な姿となりましたが、色々な事情により、遺産として残すのではなく、再建の道をたどることとなったのです。
とはいえ、天主堂向かって左手前には、旧石垣とともに、原爆で倒壊した頭の無い石像などが残っています。

近くには、さらに昔、キリシタン弾圧の際に各藩に送られた信者が、一番拷問が激しかったといわれる長州・萩で正座させられていた飛び石を、巡り巡ってこの浦上教会で供養している、というものもあります。

キリシタンの厳しい歴史が垣間見られますね。

そしてここ浦上天主堂の一角に作られた小聖堂には、『被爆のマリア』と呼ばれる、頭部だけとなったマリア様が安置されています。
焼け跡から見つかったその像もまた、身をもって戦争の恐ろしさを伝えてくれているようですね。

 

如己堂(にょこどう)

新約聖書の一節にある、「己の如く人を愛せよ」という言葉から名付けられたこの建物は、浦上教会を背に右手に進み、サントス通りを行くと右手にあります、永井博士の住居。

自身も被爆し、その後遺症に苦しみながらも、被爆者の救護に尽力した博士が、ついに寝たきりになったとき、同じく原爆ですべてを失った浦上の人々が博士のために建てたという、二畳一間のその家で、人々への感謝の気持ちを胸に、執筆活動を通して、世界に向けて戦争の愚かさと平和の大切さを発信し続けた、そんな場所です。
ここにも、キリスト教の隣人愛の精神が刻まれていますね。

 

まだまだおススメしたい場所がありますが、後篇に続きます!